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secret crescent

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小説「素直になれなくて」29話


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あの男がカガリに触れただけで、カガリの表情が変わった。明らかに分かるーー。あんな顔を見せられたら、俺に勝ち目はない‥‥。

ハイネは大きな溜め息を吐いた。そして、二人に背を向け、脱ぎ捨てた自分の服を取りに行き、身支度を整えはじめた。

カガリは背後から抱きしめるアスランの腕に、ただ焦っていた。

ーー絶対に気づかれた、アスランの指先が自分に触れただけで、感じてしまったことに////。

この状況下、黙ってハイネがカガリの目の前を通り過ぎた。

カガリは抱きしめるアスランの腕から抜け出し、ハイネの後ろから話しかけた。

ハイネはドアノブに手を伸ばしたーー。

 

「‥‥ハイネ、ごめん‥‥本当にごめんなさい‥‥私、どうすれば許し──‥‥」

 

と話しかければ、いきなり背後から手を回されカガリは口を塞がれた。

 

「//うっんん‥‥!?」

 

謝るカガリの声が途切れた。ハイネは気になり振り返ろうとしたが止めた。背中に突き刺さる男の鋭い視線を感じたからだ。ハイネは何も言わず、ドアを開け部屋を出て行った。

 

**

 

ハイネは閉まるドアを背にして、大きな溜め息を吐いた。

──しかし、あの男、どこかで見たような?

ハイネは男の顔を思い浮かべようとしたが、先程の嫌なことも鮮明に思い返すことになるので止めた。ハイネは肩を落とし、何度目かの重い重い重~い溜め息を吐いた。

 

こんな無様な俺は何なんだ?当分女は懲り懲りだ!と心の中で愚痴った。帰ろうと足を踏み出した所で、ふと人の気配を感じた。顔を横に向ければ、何時から居たのか、申し訳なさそうな顔をした中年男性が立っていた。身なりからしてホテルの支配人だろうか、ハイネはその男に付き添われる感じで廊下を歩き、エレベーターに乗り、そして、一階のロビーまで来た。日付が変わる前だからか、歩く廊下やロビーはやけに静かだった。

 

支配人が封筒をハイネに手渡した。

「宿泊代の返金とご迷惑料です。本日は誠にご迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございませんでした」

支配人が深々と頭を下げた。

 

ハイネはあの男の事を聞いてみたが、やはり教えてはくれなかった。

「誠に申し訳ございません。そのことにつきましては何もお答えすることは出来ません」

ハイネは頑なに口を閉じる支配人に、余程の身分がある男と見た。天井を見上げ、ため息を吐くと、
エントランスへ向かいホテルを出て行った。

 


**ーーーーーーーーーー

 


<アスラン編>

ビジネスホテルで宿泊しているアスランは何もやる気がなくただベッドで横になっていた。

そんな時、エリカから電話が入った。

『部屋に残っているものは処分していいからーー』
『ああ、わかった』
『それだけ?』
『‥‥‥‥』
『聞いた私がバカだったわ』
『何が言いたい?』
『今悩み事があるんじゃないの?マンションを貸してもらった私からのお礼よ。有難く受け取りなさい。ーーただ自分の気持ちに素直になればいいだけよ』


 電話が切れたあと、アスランは重いため息を吐いた。

ーー意味が分からない。自分の気持ちに素直になれだと?だからなんだ‥‥。

アスランは窓から見える夜景を見つめた。

‥‥カガリの泣き顔が思い浮かんだ。最後に見た顔だった。

笑った顔、怒った顔、艶めかしい顔、‥‥変顔?不意に思い浮び、笑みが自然と零れた。
 

ーーただ会いたい、と思った。カガリに会えばおのずと答えが分かる気がした。

 


アスランはカガリに電話を入れた。そして、プラントホテルに男と居ることが分かった。

電話を切る前にカガリが言った言葉が引っかかった。

‥‥わかってる、と言ったカガリの言葉にアスランは眉を顰めた。わかっていながら何故カガリはあんなことを言った?

 

プラントホテルは、このビジネスホテルの目の前、大きな道を挟んだ向こう側にあった。

 

プラントホテルへ直接電話を入れ、支配人をフロントで待機させた。

支配人はフロントに来たアスランの顔を見て直ぐ誰だか理解したようだった。だから話は早かった。(本人確認は不要)

アスランは支配人に急遽ハイネ(あの時メイリンから男の名前を聞いていたから覚えていた)と言う名前の男が泊まっている客室の番号を調べさせた。

 

「その男性は確かに宿泊しておりますが、お答え出来るのは申し訳ございませんがここまでです。お客様のプライバシーに関わりますので客室の番号はお答えできません」

ーーやはりそうだろうな、と内心で呟いた。

「緊急の所用だ。協力をお願いしたい」

そして言葉を付け足す。アスランは支配人に顔を寄せると小声で言った。

「協力して頂けるのならば、そのお礼はする」

支配人は静かにアスランを見て、態度を一変させた。

「わかりました。緊急事態と言うことで、ご協力させていただきます」

 

 

**

 


口を塞ぐ手にカガリがもがいていれば、ドアが閉まると同時にその手も緩められた。

「何するんだ!」とカガリは怒りを露わに振り向いた。

「──いい加減にしろ。俺をどれだけ振り回せば気が済む?」

 

アスランは食ってかかるカガリに怒った声で言い返した。

だがカガリも負けずと睨んで言い返そうとするが、知らず涙が零れ落ちた。

 

アスランは呆れた様子で、「怒るか、泣くか、どっちかにしろ」と言うと、カガリを胸に抱き寄せた。

 

抱き締められカガリは驚き少し躊躇いを見せるも、アスランの胸の中で泣き出した。

この胸でずっと泣きたかった‥‥。

 

アスランの温かい胸に抱きしめられ、落ち着きを取り戻したカガリはこの状況に少し焦りを感じながら、アスランの胸から離れた。そして、小さく息を吐くと顔を上げた。

 
「どうして自分が嫌な思いをしてまで、私に会いに来たんだ?」
「俺が会いたいと伝えたのに、あの態度はなんだ?」
「‥‥えっ!?」

アスランはカガリの頬を両手で掴んで横に引っ張った。

「面白い顔ーー」
「////もう、いきなり何をするんだ!」

カガリは怒りながらアスランの手を払いのけた。

「カガリのその変顔が見たくなったから会いたくなった」
「はあ?」
「ーーカガリは俺に会いたくなかったのか?」
「////そっそれは」
「素直に言えばいいのに、人を試すようなことを言いだすし」
「////あの時は‥‥」
「‥‥カガリは俺に来て欲しかったんだろう。だから来てやった。それまでのことだ」
「‥‥バカっ////‥‥バカは私だ。ごめんなさい。アスランに嫌な事をさせてしまって‥‥」

カガリは頭を下げた。

「本当だ。もう二度としないからな」

カガリは再度、ごめん、と言うと、話を続けた。

 

「私もアスランに会って、ちゃんと伝えたかった。だから聞いて欲しい////」

「なんだ?」

「////私がどうしてマンションを出ていこうと決めたのかーー」


アスランはどこか硬い表情を浮かべた。
カガリは大きく息を吐いた。

「////一緒に過ごす時間が楽しく思えるようになって、気づけばアスランを好きになっていた。だから身体だけの愛人関係は辛くなって‥‥このままマンションに居たら‥‥もっと辛くなる‥‥だから‥‥」

 

硬い表情を浮かべていたアスランは、カガリのその言葉に顔が緩み、柔らかな微笑みを浮かべた。そして、カガリを胸に抱き寄せた。

カガリは突然抱きしめられ、どう言う意味か分からず焦った。

「だから出て行こうと決めたのか?」
「////黙って出て行こうとしたことは悪かったと思ってる。アスランに変な誤解をされたままじゃ嫌だし、だからちゃんと自分の口で伝えたいと思って////」

‥‥あの時はただ怒りが先走ってカガリの言葉に耳を傾ける余裕などなかった。カガリが絡むと冷静さを失う自分がいる。それはどうしてか、その答えがようやくわかった‥‥。

「私の言うこと信じてくれるか?」
「当然だ。信じるに決まってる」

カガリはアスランの言葉に安堵した。

アスランは、カガリに会って、答えが見つかった。そして、気づいたばかりの自分の気持ちを告げた。

 

「俺も‥‥カガリのことが好きだ‥‥」

 

カガリは告げられたその言葉を聞いて、思わず泣き出してしまった。

 

「どうして泣く?」

「////嬉しいからだ!」

 

そう答えるカガリにアスランは愛しい笑みを浮かべ、泣きじゃくるカガリを優しく包み込むように抱きしめた。

 


2023年9月24日 修正済

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